人生の満足度と攻撃性の反比例。満たされている人は、驚くほど他人に優しい

〜他人より 磨くべきは まず自分。心を耕すための心理学〜

世の中には

自分の人生に集中して

生き生きとしている人と

他人の過ちを監視して

常にイライラしている人がいます。

後者の人は

なぜ自分と関係のない出来事に

そこまで怒れるのでしょうか。

なぜ

直接関係のない人のトラブルに首を突っ込み

まるで自分が被害者であるかのように

攻撃するのか。

現実を言います。

彼らが本当に求めているのは

正義ではありません。

攻撃することでしか

自分を保てない

自己価値の不足がそこにあります。

【人は正しさを求めているのではない】

多くの人は

「自分は正しいことを言っている」

と思っています。

しかし心理学的には

人は正しさそのものを

求めているわけではありません。

本当に求めているのは自己価値感です。

つまり

自分には価値があるという感覚です。

【人は比較で自分の価値を測る】

人間の脳は

絶対評価が苦手です。

代わりに

他人との比較で自分を判断します。

・あの人より収入が多い

・あの人より賢い

・あの人よりモテる

・あの人より正しい

この比較によって

自分の価値を感じています。

だから誰かを悪者にすると

自分は自動的に善人側に立てます。

努力しなくても。

成長しなくても。

結果を出さなくても。

ただ誰かを悪者認定するだけで

優越感を得られるのです。

【正義は最も安全なマウントである】

普通のマウントは反撃されます。

学歴マウント。

収入マウント。

地位マウント。

しかし正義マウントは違います。

なぜなら

自分は善人という立場だからです。

善人を演じながら相手を攻撃できる。

だから脳は

非常に強い快感を覚えます。

実際には攻撃しているのに

本人は

「私は良いことをしている」と思っている。

ここに正義依存の恐ろしさがあります。

【正義が快感になると依存症になる】

脳は快感を覚える行動を繰り返します。

怒る。

叩く。

仲間から賛同される。

承認される。

気持ち良くなる。

また叩く。

このサイクルが続くと

脳は次第に刺激を求め始めます。

すると

小さな問題では満足できなくなります。

もっと悪い人を探す。

もっと炎上案件を探す。

もっと強い言葉を使う。

やがて正義は目的ではなく

快感を得るための手段になります。

【本当の問題は人生の充実度】

ここが最も重要です。

心理学の研究では

人生の満足度が高い人ほど

他者への攻撃性が低い傾向があります。

逆に

人生への不満が大きいほど

他人への批判や攻撃が増える傾向があります。

なぜでしょうか。

理由は単純です。

忙しいからです。

充実している人は

自分の人生に集中しています。

仕事。

家族。

趣味。

挑戦。

学び。

未来。

見るべきものがたくさんあります。

だから他人を監視している暇がありません。

【成功者ほど他人を叩かなくなる理由】

成功している人を見ると

驚くほど他人への関心が薄いことがあります。

冷たいのではありません。

優先順位が違うのです。

誰かを叩いても

収入は増えない。

能力も伸びない。

人生も変わらない。

だからエネルギーを

自分の成長に投資します。

【仏教が2000年以上前から見抜いていたこと】

仏教では

怒りを「瞋(しん)」と呼びます。

人間を苦しめる三大煩悩の一つです。

興味深いのは

怒りによって最初に傷つくのは

相手ではなく自分だと説いていることです。

怒り続ける人は

脳も身体もストレス状態になります。

血圧は上がる。

睡眠は悪くなる。

集中力は落ちる。

幸福感は低下する。

つまり

他人を攻撃しているようで

実は自分自身を傷つけているのです。

【本当に強い人とは】

本当に強い人は

誰かを裁くことで自分の価値を証明しません。

誰かの失敗で安心しません。

誰かの転落で喜びません。

なぜなら

自分の価値を

他人との比較で決めていないからです。

昨日の自分より成長できたか。

自分の信念に従って生きられたか。

そこに意識を向けています。

自分は当事者ではないのに

正義を振りかざして攻撃してくる人。

その根底にあるのは

正義感そのものではなく

・承認欲求

・自己価値の不足

・優越感への依存

・怒りによる快感

・所属欲求

であることが少なくありません。

そして本当に成熟した人ほど

他人を裁くことより

自分を磨くことに時間を使います。

人生は短い。

他人の欠点を探す人生より

自分の可能性を育てる人生の方が

はるかに豊かで価値があるのです。

そして人は

あなたの「言葉」ではなく

あなたの「生き方」を見ています。

怒りは

他人に投げつけようとしても

自分が握りしめている

熱い炭のようなものだ。

最初に火傷を負うのは自分である。

とブッダは2000年以上前に言いました。

正義の刃(やいば)を

他人に向けた瞬間

じつは自分の心も血を流しています。

誰かを裁いて

心をトゲトゲさせる生き方より

自分を耕して

心にいつも心地よい風が吹いているような

生き方が素敵だと私は思います。

では最後にお待ちかねの川柳です。

他人より

磨くべきは

まず自分

byくさか