筋トレに他人の承認は存在しない
【筋トレに他人の承認は存在しない】
~結果が出る前の自分を、誰が認めるのか~
「もっと評価されたい」
「頑張っているから、誰かに認めてほしい」
日々、
そんな気持ちになることはありませんか?
仕事でも。
人間関係でも。
私たちは
誰かに認めてもらいたい
という欲求を持っています。
これは
決して悪いことではありません。
人間には
他者から認められたいという
自然な欲求があります。
しかし
筋トレの世界は
少し事情が変わってきます。
なぜなら
筋トレは「他人の承認」がなくても
続けなければ
結果が出ない世界だからです。
■ ジムでは、誰もあなたを評価してくれない
ジムでトレーニングしていても
①毎回、
誰かが褒めてくれるわけではない。
②あなたの努力を、
毎回誰かが見てくれているわけではない。
③昨日より頑張ったことを、
誰かが記録してくれるわけでもない。
④結果が出るまでには、長い時間がかかる。
それでも続ける人がいます。
一方で、
数週間、数か月でやめてしまう人もいます。
では、
この差は何なのでしょうか?
才能でしょうか?
それとも遺伝でしょうか?
やっぱり根性でしょうか?
もちろん、
それらも多少は関係するでしょう。
しかし、
もっと根本にあるものがあります。
それが、
「自分で自分を認められるかどうか」です。
■ 「結果が出ない=頑張っていない」ではない
筋トレを始めたばかりの頃は
頑張っているのに
見た目がほとんど変わらないことがあります。
・体重も、思ったように減らない。
・筋肉も、すぐには大きくならない。
・周囲からも、「痩せた?」
「体変わったね」とは言われない。
すると、
「こんなに頑張っているのに‥」と、
心が折れてしまいます。
でも、
ここには一つの大きな勘違いがあります。
それは
「結果が出たこと」と「努力したこと」を
同じ物差しで評価していることです。
■ 筋トレには「見えない成長」がある
筋トレを始めたからといって
翌日に筋肉が大きくなるわけではありません。
しかし
身体の中では少しずつ変化が起きています。
例えば
・動作が上手くなる
・フォームが安定する
・力を発揮する感覚が良くなる
・神経系の適応が進む
・同じ重量でも余裕が出てくる
・トレーニング後の回復に慣れてくる
・運動習慣が身につく
こうした変化は鏡を見ても分かりません。
体重計にも、
必ずしも表れません。
他人にも、
ほとんど分かりません。
だからこそ、
自分で気づく必要があります。
■ 「今日はジムに行った」も立派な成果
継続できる人は
大きな成果だけを評価していません。
例えば、
・今日はジムに行けた
・前回より1回多くできた
・フォームを意識できた
・きつかったけど最後までやり切った
・疲れていたけど最低限のメニューをこなした
こうした
小さな事実を評価しています。
つまり
結果ではなく行動を評価している。
ここが非常に重要です。
■ 自己承認とは「自分を甘やかすこと」ではない
ここを勘違いしてはいけません。
自己承認とは
「何もしなくても自分は最高」
と自分を甘やかすことではありません。
そうではなく
自分が実際にやったことを
事実として認めることです。
今日はサボったけど自分は頑張った
ではありません。
サボったなら
「今日はできなかった」と認めればいい。
そして
「では、明日はどうする?」と考える。
これも自己承認です。
自己承認とは、
自分を過大評価することではありません。
自分の努力も、失敗も、成長も、
ありのまま認めることなのです。
■ 「他人の評価」を待っていると続かない
もし
「誰かに褒められたら頑張る」
という仕組みで筋トレをしていたら
どうなるでしょう?
褒められない。
↓
やる気が下がる。
↓
トレーニングを休む。
↓
結果が出ない。
↓
さらにやる気が下がる。
このループに入ってしまいます。
反対に
自分で自分を評価できる人は違います。
「今日もできた」
↓
「自分との約束を守れた」
↓
「また次もやろう」
↓
「少しずつ積み上がる」
↓
「継続できる」
↓
「結果が出る」
という流れになります。
■ 自己承認が「自己効力感」を育てる
ここから
もう一段深い話があります。
小さな成功を自分で認め続けていると
「自分はやればできる」
という感覚が育っていきます。
心理学では
これを自己効力感という言葉で表現します。
例えば、
最初はスクワット10回できた
だけだった。
↓
次は
「12回できた」
↓
「同じ重量でもフォームが安定した」
↓
「少し重量を増やせた」
↓
「以前できなかったことができるようになった」
この積み重ねによって
「自分は変われる」という感覚が生まれます。
これが
次の行動につながります。
■ そしてある日突然「他人の評価」がついてくる
面白いのはここです。
他人から評価されることを
目的にしていない人ほど
結果的に評価されるようになります。
なぜでしょうか?
・継続するからです。
・工夫するからです。
・失敗しても修正するからです。
・淡々と積み上げるからです。
そして
それが時間とともに
「信用」になります。
筋トレなら
ある日、こんなことが起こります。
「最近、身体変わったね」
「なんか大きくなった?」
「痩せた?」
「ずっと続けてるよね」
そこで初めて
他人の評価がついてきます。
しかし
その頃には本人にとっては、
他人の評価がそれほど重要ではなくなっています。
なぜなら自分自身が、
すでに成長を知っているからです。
■ 他人の評価を追う人と自分の成長を追う人
この違いは
長期的には大きな差になります。
【他人の評価を追う人】
「誰かに褒められたい」
↓
褒められない
↓
やる気がなくなる
↓
やめる
【自分の成長を追う人】
「昨日の自分より少し良くなろう」
↓
小さな変化を発見する
↓
自分で認める
↓
また続ける
↓
積み上がる
↓
結果が出る
↓
結果として評価される
この違いです。
■ 筋トレは「見えない成長」を信じる練習
筋トレの面白さはここにあります。
最初は
何も変わらない。
でも
やめずに続ける。
すると
少しずつ身体が変わる。
その過程で
見えないものを信じて続ける力
が育っていきます。
これは
筋トレだけの能力ではありません。
仕事でも。
勉強でも。
人間関係でも。
人生でも同じです。
成果には
必ずタイムラグがあります。
努力した瞬間に
結果が出るとは限りません。
だから
結果が出る前の自分を誰が支えるのか。
その答えは
最終的には自分自身なのです。
■ 「今日もやった。よくやった。」
だから
もっと簡単に考えてもいい。
今日は軽い重量だった。
それでもいい。
短時間だった。
それでもいい。
完璧なメニューができなかった。
それでもいい。
それでも「やった」のであれば
その事実を認めてあげる。
「今日もやった。よくやった。」
これでいい。
そしてまた明日やればいい。
■ 自己承認は「甘え」ではなく「継続する力」
他人からの承認には限界があります。
誰も毎日
あなたを褒めてくれるわけではありません。
誰も
あなたの努力を毎日見ているわけではありません。
だからこそ
・自分の努力を自分で発見する。
・自分の成長を自分で認める。
・自分との約束を守ったことを自分で評価する。
これが
継続するための土台になります。
■ 筋トレに他人の承認は存在しない
正確に言えば
他人からの承認が「不要」なのではありません。
・褒めてもらえれば嬉しい。
・認めてもらえれば励みになる。
それは当然です。
でも
それを継続の条件にしてはいけない。
他人の評価は「ご褒美」。
自分の評価は、「土台」。
このくらいに考えておくといい。
■ 最後に
筋トレは
誰かに評価されるためだけのものではありません。
自分を積み上げるためのものです。
昨日よりほんの少しだけ強くなる。
昨日よりほんの少しだけ上手くなる。
昨日よりほんの少しだけ自分との約束を守る。
その小さな積み重ねを自分で認める。
そして、
また次の一歩を踏み出す。
するとある日、
鏡の中の自分が変わっています。
周囲から
「身体変わったね」
と言われるかもしれません。
でも本当に価値があるのは、
その瞬間だけではありません。
そこに至るまで誰にも見られていない場所で
自分自身を何度も認めながら
歩き続けてきたこと。
だから
筋トレで一番大切なのは
鏡に映った身体を見ることだけではありません。
その前に
自分自身にこう言えることです。
「今日もよくやった。」
筋トレとは
身体を変える習慣であると同時に
「自分で自分を認める力」を
育てる習慣なのです。
では最後にお待ちかねの川柳です。
成果とは
ある日突然
現れる
byくさか


