【続編】筋トレに他人の承認は存在しない②

【続編】筋トレに他人の承認は存在しない

〜プライドを捨てた50代が手に入れる「本当の強さ」〜

50代、60代になると

少しずつ環境が変わってきます。

仕事では、

若い人が中心になっていく。

家庭では、

子どもが自立していく。

そして、

「自分は何のために頑張っているんだろう?」

と考える瞬間も増えてきます。

そんなとき

他人からの評価だけを支えにしていると

心が疲れてしまいます。

「会社で評価されたい」

「家族に認められたい」

「周りからすごいと思われたい」

もちろん

認めてもらえれば嬉しい。

でも

人生の後半になるほど大切なのは

「人からどう見られるか」

ではなく

「自分がどう生きたいか」

なのではないでしょうか。

 
■ 筋トレは「自分との約束」を守る練習
 

50代になると若い頃のように

何でも勢いだけではできません。

・疲れる。

・回復に時間がかかる。

・思ったように身体が動かない。

だからこそ

筋トレには意味があります。

・今日もジムに行った。

・昨日より少しだけ動けた。

・重さは変わらなくてもフォームが良くなった。

こうした小さな積み重ねが

「まだ自分は成長できる」

という感覚を取り戻してくれます。

■ 人生も筋トレと同じ

仕事も同じです。

長年働いているからといって

毎回評価されるわけではありません。

家族のために頑張っても

「ありがとう」と言われない日もある。

地域や人のために動いても

誰にも気づかれないこともある。

それでも

自分が大切だと思うことを続ける。

これが

人生の後半には大きな意味を持ちます。

だから

「誰かに認めてもらうため」

ではなく

「自分が納得できる人生をつくるため」

に行動するのです。
 

■ 老後に残るのは「評価」より「習慣」
  

老後になって

会社の肩書きはなくなります。

役職もなくなります。

仕事上の評価も

少しずつ過去のものになります。

では

そのとき何が残るのでしょうか。

・身体。

・習慣。

・人とのつながり。

そして

「自分は自分の人生を生きてきた」

という実感です。

だからこそ

50代、60代からの筋トレは

単なる身体づくりではありません。

これからの人生を

自分の足で歩くための準備でもあるのです。
   

■ 他人の評価を卒業する

若い頃は

人からどう見られるかを気にする。

それも人生には必要です。

しかし、

人生の後半まで

他人の評価を追い続ける必要はありません。

「すごいと思われなくてもいい」

「若く見られなくてもいい」

「誰かと競わなくてもいい」

ただ

昨日の自分より

今日の自分が少し良くなっている。

それで十分です。
 

■ 最後に

筋トレで大切なのは

何キロ挙げたかだけではありません。

誰にも見られていない日に

ジムへ行ったこと。
 

疲れていても

自分との約束を守ったこと。

思うようにできなくても

また次の日に戻ったこと。

その一つひとつが

「自分を信じる力」になります。
 

50代、60代からの人生は

誰かに認めてもらうための人生ではありません。

筋トレを続けることは

自分が納得できる人生を

自分でつくっていく時間なのです。

筋トレも人生も

結果が出るまでには時間がかかる。
 

だから

焦らなくていい。

誰にも褒められなくてもいい。

今日できることを、今日ひとつやる。

そして

最後に自分へこう言えばいい。

「今日もよくやった。」

それを言える人生は

きっと強い。

筋トレとは

身体を鍛える習慣であると同時に

自分の人生を最後まで自分で支える力を

育てる習慣なのです。

では最後にお待ちかねの川柳です。

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by くさか